「静かなことだ・・・」
ヴィンディレス邸、前庭。
本来ならば門番だの何だの置かれているはずのそこには人っ子一人おらず、静まり返っていた。ディラスにとっては好都合な展開であるのだが、それにしたって警備が薄すぎる気がする。
罠、という線が強いが結局のところ謎である。
そもそも警備が居ようが居まいが、正面から堂々と入るつもりだったので肩透かしを食らった気分だ。
そしてそれは邸内へ入ってからも同じだった。
使用人の一人も見当たらない。大富豪、即ち貴族たるヴィンディレス卿が落ちぶれたという話を耳にした記憶は無いのだが。
「まぁいいか」
呟き進む。時間を取られないのは幸いである、と言わんばかりに。
単調に進んでいた探索作業が乱れたのは香ばしい匂いのするどこだか分からない場所へ差し掛かった時だった。
「うわぁあああっ!」
男の悲鳴が聞こえたのだ。
恐怖によって叫んだ、というのではなく驚いて叫んだような声色。しかし、ディラスは何事かと足を止める。
「どうしたんですか料理長!?」
「分からん、何故か火の手がいきなり強く――」
「お嬢様がそろそろコンロが壊れてきているので気をつけろと仰っていましたよ」
「馬鹿野郎!俺がそんなヘマするか阿呆ッ!」
「え、すいません」
そうか、ここは厨房か。ちらり、と料理長と呼ばれた男と下っ端らしい男を見やる。そして見れば分かった、分かりすぎる程明白に。
焦げた天井と濡れた布巾で腕を押さえている料理長。予期せぬ火柱が上がったようだ。
「料理人ならば気をつけろ」
ぼそっ、と呟いたディラスは厨房の人間に見つからないまま、さらに先へと進む。