02.

 部屋に入れられ外から鍵を掛けられて外へ出られない――人はそれを幽閉、もしくは監禁と呼ぶ。
 そんな状況に陥ってなお、真白が考えていた事と言えば暇だなぁ、程度でまったくもって危機感を認識出来ていなかった。ので、とりあえず今までの状況についてまとめるとしよう。
 ディラスと共に宿へ泊まっていたのだが、唐突に眠くなり転た寝。気付いたら1階が騒がしく、あの音楽家の姿も見えなかったが勝手に動くなと言われていたので部屋で待機。すると覆面男――セドリックが窓硝子を割って侵入し、あれやこれやしているうちに頭部を殴られて失神。気付けば馬車の中で誘拐されている事に気付く。着いた場所はどっかの大富豪が住んでいそうな屋敷ときた。そしてそのまま部屋へ案内されて幽閉。外へ出られない。
 ――成る程。ちまたで流行っているトリップ物語でよくある話だ。ここはディラスという名の救世主を震えながら待てばいいのだろうか。

「・・・んなわけ無いでしょう」

 ぼそっ、と呟く。
 これは真白の偏見と勝手な見解による結論だが、あの音楽家は自分を助けるために苦労する事をよしとしないように見える。人間などそんなものだ。というか、彼に従って動き回らないようにしていたのだが。
 もちろん、その件に関してはディラスの「僕は連れを付けた事が無い」という言葉を思い出せなかった真白本人にも過失があるのだが。覚えていれば彼が真白という連れの扱い方をまるで知らないなんて分かっていたはずなのだから。
 はぁ、とそれっぽく溜息を吐いた所で外から軽いノックの音が聞こえてきた。

「入ってもいいかしら?」

 ――女の声。涼やかで冷たすぎるような声。
 一瞬眉根を寄せた真白だったが、外に居る人物同様、涼しげな声でどうぞと嘯く。鍵が外される音がしてドアがゆっくりと開いた。

「こんばんは。あら、そこにあるベッドなんて好きに使ってよろしかったのよ?どうせ片付けるのは使用人の彼女達なんだから」

 まず目に入ったのは車椅子。ロングドレスから微かに覗いている足には何の力も無さそうだった。絵に描いたような豪邸のお嬢様の風体の女が柔らかく微笑む。まるで笑い方すら誰かから習ったかのように、人形のように。
 それが何だか気に入らなくて真白は目を眇める。

「何か用?一人で来たのなら、私がいきなり飛び掛かってその車椅子を倒し、外へ逃げるとも考えなかったの?」
「あら。そんな事しないでしょう?だって、セドリックが抵抗しない大人しい子だって、言っていたもの」

 彼女が言うことは正しいが、真白は割と本気でそんな逃亡計画を企てていた。
 そう――何とも久しぶりに、どことなく何がとは言えないのだが、目の前の人間に嫌悪だとかそんな強い感情を覚えている。
 薄暗い感情だ。例えば彼女の予想を裏切る形で逃げ出した時の驚愕の表情を見たいだとか、あるいは歌った時に起きる事故に巻き込まれればいいだとか。薄暗くて強い感情、すなわち願望だ。
 しかしそれをおくびにも顔に出さず、黙ってどこか余裕のある気品と優雅さを兼ね備えた彼女の動作を見守る。

「私はレイラ=ヴィンディレス。見ての通り屋敷の主よ」
「そう」
「妹がいるのだけれど、知らないかしら?ミリアと名乗っているはずなのだけれど」
「知らない」

 あらあら、と何が可笑しいのかくすくすと笑った屋敷の主は唐突に話題を転換した。

「貴女、《ジェスター》とどんな関係なのかしら?ご兄妹なのかしら?」
「違うわ。全然違う。もう少し考えたらどう?」
「・・・厳しいのね、貴女。私何かしたかしら?」

 人様を誘拐しておいて何を言ってるんだ、と頭の片隅でそう思ったが口にはしなかった。彼女と会話するのは好きではない。
 素直に答えないのは結局あの音楽家と自分はどういった関係にあたるのか表現の方法が分からなかった、というのもある。持ちつ持たれつ、相互扶助関係とか?

「ところでお名前は?」
「真白」
「ふぅん。可愛いマフラーだけれど、その黒ドレスには似合っていないわよ」
「余計な世話ね」

 罵られる事に嫌気が差して来たのか、レイラの顔があからさまに不機嫌なそれへと変わっていく。まったく会話が成立しないのも癪に障る一つの要因なのだろう。
 ふん、と鼻を鳴らした屋敷の主は意地悪く笑う。少女漫画に出て来るヒロインの恋路を妨害する系女子みたいに。

「あぁ、一つ貴女に謝っておかなくちゃいけないことがあるの。実は《ジェスター》と関係無くとも、ここまで来てしまった以上は貴女をそのまま帰す事は出来ないわ。ごめんなさいね。ちゃんと葬ってあげるから私を恨まないでね?」
「そう」

 あまりの反応の薄さにレイラの顔が今度こそ歪む。呆然としているわけではない。明らかな悪意を以て表情を歪めた。それをもちろんのこと敏感に感じ取った真白は心中でガッツポーズを取る。
 ――勝った、と。

「依頼人、少し話が――」

 と、そこへ先程どこぞかへ消えたセドリックが現れる。相変わらず覆面のままだ。あら、とレイラが部屋の外へ出て行き、鍵が閉まる音が広くは無い室内に反響した。