13.

「・・・何だと。これはどういう事だ・・・僕は、勝手にうろちょろするなと釘を刺さなかったか?いや待て、それ以前に寝ていたじゃないか・・・」

 2階の自室へ上がったディラスは呆然唖然と呟いた。
 というのも眠っていたから、という理由で室内に放置して来た真白の姿が見えない。本当の意味で跡形もなく消えている。思わず呟いた独り言に答える者はおらず、それが一層彼の神経を逆撫でした。
 かといって怒ったりするわけではないのだが、それでも面白く無いのは事実だ。言いつけを聞けないならば最初から了承すべきではない。
 ――連れを付けるというのはこういうことか。
 今まで一人きりだった故に知らなかった事象。そうか、こういう事態を招くのかと自分の軽率さを呪う。少し考えれば解ける方程式だったのだ。あのミリアと名乗った女が自分は一人で来たのだといつ告白したか。
 割れた窓硝子を見て溜息を吐く。非常に面倒且つ救いようのない状況だ。

「内側に割れているということは、あれが自ら窓を割ったわけではないか。外から割られたということ。真白や僕以外の人間が訪れたということ」

 窓を割った凶器は何か、と部屋の中を見渡せば拳の中に握り込める程の石が落ちていた。随分古典的な方法だ。しかし、脆い硝子の窓などこの石ころで十分に破壊出来ることだろう。
 しかしこれだけの物音を立てられれば起きるだろうに。

「・・・まぁ、過程はいい。問題はどこへ攫われたのか、か」

 こんな時でもディラスは非常に落ち着いていた。落ち着いたままに机の整理を始める。何も思いつかない時は何も考えないのが一番だ。何故なら時間の無駄だから。
 整頓しながら見覚えの無い紙を発見する。そもそも真っ白な楽譜と羽ペン以外無かったのだからそれが際だって見えたのは当然のことである。しかし、この紙は何だろうと首を傾げながらそれを拾い上げる。

「――ヴィンディレス邸」

 それだけが書かれた、紙。しかしそれだけで十分だった。
 一つ一つのピースが脳内で組み合わさっていく。さっき殺した女の本名はミリア=ヴィンディレス。大富豪の娘だ。そしてその邸宅といえばこの街のすぐ近く。
 それはあまりにも簡単なヒント。完全に罠である事の証し。
 だが――

「ふん、関係無いな。あまりにも《道化師の音楽団》を嘗め過ぎだろう。だが、たまには組織という名の権威を振るうのも悪く無いが」

 ヴァイオリンをケースにしまう。行き先は決まった。あとはどんな奇抜な登場をするか考えるだけ。
 無表情のままにディラスは身を翻した。