09.

 どのくらいの時間が経っただろうか。一時間ぐらいしか経っていないかもしれないし、すでに数時間経っているかもしれない。ただかなり長い時間作業に没頭していた事は事実だ。
 と、ディラスは凝り固まった筋肉を解すように目頭を揉んだ。結局譜面は真っ白、辺りにはゴミと化した失敗作ばかりが転がっている。どこの画家だ、と自身にツッコみたくなったのだが虚しいので止めておこう。
 それにしても――異様に静か、否、1階からピアノの音が聞こえて来る以外の音が聞こえない。

「――おい、何を黙って・・・ん?」

 そうだ、ずっと何かを喋っていた真白が静かだからだと思い至ったディラスは振り返る。が、彼女は一つしか無いベッドを占領して熟睡していた。艶やかな長髪が花が咲くようにベッドの上に散っている。よく耳を澄ませば微かな寝息も確認出来るのだから間違い無い。
 そもそもベッドの方は真白に貸さねばならないだろうな、と半ば予想していたのでそれに対する落胆は無い。ただ、自分が起きているというのに横でのうのうと眠られているのは面白くなかった――非常に自分本位な考えであるのだが。

「布団ぐらい掛けて寝たらどうなんだ。それとも、起こした方がいいのか・・・?」

 人付き合いが壊滅的に悪いディラスは困惑したように頭を振った。どうしたものかと暫し逡巡する――が、その答えを出す前。1階から凄まじい物音が聞こえた。これは、そう。破壊音と形容するのが正しいだろう。
 顔をしかめて上着を羽織る。
 下で何か起きているらしいので見に行こうと思ったのだ。宿の為ではない、断じて。自分に用が有る人間の可能性があったからだ。或いはただの事故かもしれないが。
 ともあれディラスは真白を叩き起こして連れて行くべきか一瞬迷い、結局彼女を放置したまま部屋を出た。ヴァイオリンを持って。
 本来ならば起こすべきであると考えるのが一般的だったのだが、生憎とディラスは基本的に人を付けない。ので、こういう場合も自分が動けばそれでいいと考えたのである。
 階段を素早く下りて1階へ。

「・・・ほう」

 下りて出たのは感心半分驚き半分の溜息だった。
 何せこれは――まさに地獄絵図。