08.

 街に着き、宿を取った後、真白は驚愕の事実を知らされた。驚愕というか唖然とするような事実であり、もちろん猛反対したのだが宿代も旅代ももって貰っている彼女の立場が弱いのは言うまでも無く分かる事である。
 さて――取った部屋は一つきりである。何故か今日は旅人が多かったらしく、部屋が一つしか空いていなかったらしいのだがそうでなくとも部屋は一つしか借りるつもりなど無いようだった。もちろん、これは真白主観の偏見に基づく推理であるのだが。
 もちろん部屋そのものは一人用である。よってベッドは一つしかないし、あとあるのは申し訳程度の机と椅子だけだ。お世辞にもふわふわとは言い難いベッドに腰掛け、真白はディラスの背中を見つめる。
 彼も彼で宿を取って部屋に入ってからずーっと楽譜と向かい合い、羽ペンを走らせている。時折止まったかと思えば紙を豪快に破り捨てる。上手くいかないらしい。

「・・・ねぇ。暇なんだけれど」
「ならば歌っていろ。宿が一つ破壊される事ぐらい目を瞑ってやる」
「いやよ。また宿探しから始めるなんて耐えられない」
「そうだろうな。だが、僕も思いつかない譜面を前にずっと考え続けるのも疲れているんだが」

 ぶっきらぼうに返された言葉は真白の神経を逆撫でする。そもそも、ディラスには他者と会話する気構えが見られない。人の事を言えないのは重々承知の上だがそれにしたって自分はもう少しまともに対話出来る自信があった。そもそも歌手として活動していたのだ。他人と喋れないなど致命的過ぎる。

「――貴方は弾かないの?ヴァイオリン。たまには気を休めるのも必要なんじゃない?無理して考えなくても」
「《ローレライ》が容易に奏でるものじゃない」
「今さっき私に歌えって言ってたけど・・・」
「・・・そうだったか?」

 上の空である。この噛み合わない感じが非常に不愉快だ。
 ――が、やがてそんな事はどうでもよくなってきた。というのも、忘れられがちだが今日は色々な事があった。異世界へ飛ばされたりテロ呼ばわりされたり訳の分からない音楽かと旅を始めたり。
 そんな真白が疲れていないはずがない。
 よって、眠気に侵された頭で必死に意識を繋いでいた彼女はとうとう耐えきれなくなり作業を続けるディラスを尻目に横になって眠ってしまったのである。
 ――どこからか聞こえてくるピアノの音に耳を澄ませながら。