05.

 自称、同族愛好者は意外にも親切にここはどこなのかを説明してくれた。さすがに迷子の少女を放ってその場を去る事は出来なかったらしい。
 分かった事は二つ。
 まずここはミリオディーネという国にある小さな街であること。そして、もう一つ。

「《ローレライ》というのは歌でも音楽でも奏でる事で様々な事象を引き起こす事が出来る人間の総称だ。もちろん、僕もこのヴァイオリンで奏でれば通常あり得ない事象を起こす事が出来る。お前の客を巻き込んだあれも、能力の一端だ。僕にはお前がどんな能力を秘めた《ローレライ》なのかは分からないが・・・だが、そうであることだけは間違い無い」

 先程から耳に刺さる言葉、《ローレライ》。神話に登場する悲恋の女性の事ではなかった。更に、と付け加えるように男は言葉を続ける。

「歌い手である《ローレライ》は稀少だ。楽器を扱う僕達よりもダイレクトに奏でたものを形に出来る。自分の身体の一部を使っているのと、楽器を通さなければならない僕達では比べるべくも無いが」
「――稀少だ、と言ったけれど、歌を歌う人間なんてたくさんいるでしょう?現に、私が居た場所ではたくさんの人がたくさんの歌と音を奏でていたわ」
「お前が居た所、というのがどんな場所かは分からないが国内において歌い手を称する人間はかなり少ない。理由は省くが僕ですら知っている歌い手の《ローレライ》はたったの4人だ」

 へぇ、そう。とほとんど他人事の体で聞いていた真白に男はやや呆れたような顔を向けた。といっても彼のデフォルトは無表情でその表情の変化ですら微細なものなのだが。

「ところで、僕の名前はディラスだ。お前は?」
「え?あぁ・・・私は惣田真白、いや、真白よ」
「国外から来たのか?」
「いいえ。多分、恐らくきっと――私は異世界から来たのよ」

 しん、と場が静まり返った。
 完全に動きを止めた男――ディラスは考え込むように目を眇めている。事実、言葉にしてみると実にファンタジックで信じろと言う方が無理な話である。
 他人とコミュニケーションをまったく取らない真白はこういう場においてオブラートに包んだ物言いが出来なかったのだ。
 馬鹿にされるかもしれない、或いは黙って立ち去りそうな勢いの話である。これだと場所が分からない迷子、ではなく場所を忘れた馬鹿という認識に切り替えられそうだ。息を呑み、ディラスの次の言葉を待つ。

「――異世界か、異世界」
「・・・・・えぇ、まぁ、そうね」
「ふむ。だがあながちそれで合っているのかもしれないな」
「・・・え」

 じりっ、と一歩後退る。自分ではなく彼の方がおかしな人間なのかもしれない。適当に話を合わせなくていいから、あり得ないだろとツッコんでくれた方が遙かにマシである。

「別に無理して話を合わせなくてもいいの――」
「無理をしているわけじゃない。事実、数十年前の――そうだな、50年程前にも異世界からの旅人が現れたという記録がある。よって、お前が異世界から来たというのならばそうなのかもしれないな」

 だが、そんな事は関係無い。
 と嫌に真剣な声でディラスはそう宣言した。濃紺色の髪が揺れてその視線が真白へ向けられる。何だか変に緊張し、マフラーの裾をそっと掴んだ。

「要はお前に見ず知らずの土地を生き抜く手段と度胸があるのか、というのが一番の問題だ」
「・・・えぇっと・・・」
「お前の歌で日銭を稼ぐのは不可能だぞ。何せ、金以前の問題で医者料と慰謝料を請求される恐れがある」
「私に何が言いたいの?」
「僕は連れを付けない主義だ」

 どうしてそれを今堂々と宣言したのかは分からない。完全に建設したフラグを粉砕するような発言に戸惑う。