唐突に途切れた喝采の後、少しだけ目を細めた男はだが、と否定の言葉を吐き出した。
「お前は少し他人を巻き込み過ぎだ。《ローレライ》だと自覚しているのならば、それはただのテロ行為であり僕のような人間がとやかく言うような事じゃないが、あまり感心しない」
顎を引き、悪い子供を咎めるような口調。それを真っ向から見据えた真白は静かに首を振った。彼が――彼等が言う《ローレライ》が何かということはまるで分からないが、男の言う言葉を受け入れるつもりはまったく無い。
「私は誰かの為に歌っているわけじゃないわ。つまり、聴きたくないなら聴かなければいい、歌って欲しくないのならばその場を去ればいいのよ。勝手に聴いて、私の与り知らない所で怪我をしようが病気になろうが、私はそれを認知しない」
そうか、と呟き眉根に視線を寄せた男の顔。何だか酷く哀れまれているようで非常に不愉快だった。というより、他者に対してこういった感情を持つ事がすでに不愉快で堪らない。歌以外の事に頭を使いたくない。
そういう意味を込めて、無表情のままに真白はきゅ、とマフラーを握りしめた。
「――お前の歌声に足りないものがあるとするならば、それは歌を乗せる為の旋律だと思っていた。が、そうではないな。よくよく考えてみればお前の歌はすでにそのままの状態で完成しているのだからそれ以上手を加える必要は無い。伴奏を付けたいのであれば、まったく新しいお前のその奏でる歌の上に位置する何かを創らなければならないわけだ。よって、お前にその気が無いのならばそれはそこで終わりだ」
「何を言っているのか分からないわ。噛み砕いて説明して――説明するつもりがあるのならね」
「そんなつもりは無い。お前にとっても余計な世話だろうし、僕も面倒だからな」
流れるような動作で男がヴァイオリンのケースを持ち上げ、肩に掛ける。もう行くらしい。着々と支度をしながらも男は淡々と口を開く。
「それと、人前では歌わない事だ。歌いたいと思うならば尚更な。そんな調子ではすぐに《国軍》に捕まるぞ。捕まれば悲惨だ。戦争の道具にされるか、判決死刑でそのままあの世行きと相場が決まっている。《ローレライ》の僕達には行きにくい世の中なのだから」
「――貴方こそ、そのヴァイオリンは飾り?どうせだから最後に弾いて行ってよ。私は歌う事以外に興味が無いのだけれど、貴方自身には多少なりとも興味が持てるわ」
「だろうな。同族愛好者だからだろう。お前も、僕も。人前でこんなに話したのは久しぶりだ」
そして、とやはり手を止めず男がひたと真白を見据える。
「残念だが今日は奏でる気分じゃない。今浮かんでいる旋律をすぐ譜面に書き殴りたい気分だ」
「インスピレーションを?」
「あぁ。言っただろう。僕はお前の歌に感動した。今ならば書ける気がする」
そこまで言ってピタリと男は手を止めた。濃紺色の髪がふわりと揺れる。何を言われるのか、と真白は身構えた。
「もう一回だけ歌ってくれないか」
――今人前で歌うなと言っただろう。
心中でそう思ったが返事に窮した。さっきの忠告を守るつもりはない。だが、真白の方こそもう今は歌う気分ではなかったのだ。
よって、否と彼女は首を振る。
「悪いわね。歌いたい気分では無いし――ここにも長くはいられないから。そうね、また会う事があったら貴方の前で歌うわよ。私は歌う為に生きているのだから。それに、私はここがどこだか分からないのよ。一刻も早く情報収集を始める必要があるわ」
失念しているかもしれないが――この地は真白にとってまるで覚えの無い場所なのである。今までのうのうと歌い続けていた自分は一体何がしたかったのか。本気で数十分前の自分に問いたくなる。
歌えればそれでいいが、目の前の男の話だと《国軍》とやらに見つかるとまずいらしいので場所を選ばなければ。
見納めだ、と男の方を見やればその無表情の顔を最高に歪めて何か言いたそうな顔をしていた。