02.

 そう言った男は返事を聞くこと無く少し高さのある場所に真白を立たせた。そうするとまるで天然のステージのようだ。
 ここまで来てしまえば歌うしかない、と真白は息を深く吸う。マイクは無い。よく見れば真白が珍しかったのかぞろぞろと人が集まって来てミニライブのような体をなしている。今更緊張などしないが、それでもマイクが無いと少し心細かった。
 ふわり、と風が吹いてマフラーとドレスの裾を揺らす。
 ――ここはどこなのだろう。
 再び漠然とそう思った真白は、風に自らの声を乗せるように歌う。力強く、儚く、澄んだ声で。
 アカペラだったがそんな事は気にもならなかった。何故ならどこで歌っていた時も伴奏を聴いていたことはないし、何より邪魔だとすら思っていた。声を阻害するただの雑音にしか思えなかったのである。
 マイクだって本来ならば必要無い。歌う為の喉があれば、それで十分だ。
 ――だが、失念してはいけない。彼女の歌声は災厄を呼ぶのだと。
 ふらり、と男が倒れた。真白に歌って欲しいと言ったその男が。何の前触れもなく、まったく唐突に。
 別の意味でしん、と辺りが静まり返った。響くのは少女の歌声のみである。
 やがて、その中の一人――中年の女性が叫んだ。

「みんな聴くんじゃないよ!これはテロだよ、テロ!こいつ、歌い手なんかじゃない!《ローレライ》だッ!」

 意味の分からない単語に耳を貸すこと無く真白は歌い続ける。
 歌うなと喚き叫ぶ女性。その頭上に食卓ナイフが降って来た。女性が沈黙し、場が騒然となる。

「聴くなッ!この、野郎・・・」

 憤慨し、跳びかかって来た二十代ぐらいの男性。横合いから出て来た女性に突き飛ばされて無様に転んだ。その女がナイフを拾い上げ、男に向ける。狂ったように叫びながら。
 異常に気付いた周囲の人間が悲鳴を上げて散り散りに逃げていく。
 そんな光景を目の端に写しつつ、しかし真白は何もしなかった。ただ歌い続けただけ。そんなものに興味も関心も無かった。
 自分の役目は歌う事であり、奏でる事であるとそう思っていたのだから。