し 証拠隠滅は時間との勝負です

 あぁ、やってしまった。
 と、鳳堂院伊織は頭を抱えた。目の前にはひっくり返った将棋盤。対峙しているはずの相手は少々席を外している。あまりにも良い手が浮かばずに室内で暴れていたら、うっかり盤をひっくり返してしまったのだ。
 幸い、相手は師匠である土御門悟目。彼が怒る事はまず無い。が、そうであるが故にあまり困らせたくないというのが弟子心だ。圧倒的に自分が悪いのに怒られない不快さ。形容し難いが、簡単に言えばそうなる。
 かといって、盤面を元通りにするのは不可能だ。覚えている事と言えば自分が圧倒的不利であっただけで、それがどういう感じで不利だったのかすら朧気だ。
 とりあえず、盤を戻し、駒を置き直してみる。
 ――うん、我ながら滅茶苦茶だ。
 最初の陣形に置き、さらにそこから数手を思い出す事に成功。やや進んだが、すでに勝負は終盤に差し掛かっていた為、この調子だと先に悟目が帰って来てしまう事だろう。

「仕方ない・・・うん、こうしよう」

 ――路線変更。
 ドミノ倒しに。
 淡々と駒を立たせていく。

「お、おぅふ・・・意外と嵌るな、これ・・・」

 最初は「ごめんなさい先生、うっかり盤をひっくり返してしまったのでドミノつくってました」と謝るつもりだったのが、当初の目的を忘れてただひたすら将棋の駒を立てる作業に没頭していく。
 と、ここで勉強部屋の戸が開いた。
 入って来た人物の足が盤に当たり、ドミノが吹っ飛ぶ。

「「あ・・・・」」

 声が重なった。視線を上げると「やってしまった」と言わんばかりの顔をした悟目の姿が。

「い、伊織殿・・・!すいません、まさか・・・そんな所にいるとは・・・」
「いえ、先生・・・その、実はドミノをですね・・・」
「はい?ドミノ・・・?どうしてまた・・・」

 首を傾げる師匠。当然だと思った。