け 獣じみた仕草に胸キュン

 据えた鉄の臭い、高い天井、響き渡る怒号、湿った空気。
 それらを吸い込み、黒澤郁は鼻を鳴らした。特に他意があったわけでなく、ただたんにご機嫌だったのだ。
 喧嘩の真っ最中。総力戦で、久々に骨のある相手は他校の番長グループ。郁は別に喧嘩が好きなわけじゃないのだが、それでもこの喧嘩に彼女が参加している以上、機嫌良くならないわけがなかった。

「ね、音色さん」
「はぁ?何?」
「何でも。いやぁ、まさか音色さんが参戦してくれるなんて思ってなかったもんで!俺、テンション上がっちゃって!」

 現在は傍観に徹している大将の一歩後ろに立ち、そんな楽観を口にする。連絡係というか、散らばっている仲間に現在位置を知らせるのが大まかな役割である郁が前線に立つ事はほとんど無いのだ。
 そしてそれは、瀬戸音色も同じく。いや、彼女の場合セオリーに当てはめる事は出来ないので気分次第だが、今日は突っ込む気分じゃないらしい。大人しく事の成り行きを眺めている。

「別にあたしもこんなの相手にしたかったわけじゃないけどね。ただ、吹っ掛けられたから」
「さすがっすわ」

 などと話している間に1人、輪から抜けて走って来た。仲間じゃない、敵。
 ふむ、と一つ頷いた音色が軽やかに廃工場の薄汚れた地面を蹴った。そしてそれと同時に、すでに輪から抜けて来たひとりぼっちの彼が地に伏せる。全ては一瞬だった。

「あーあ、あたしも参加してこようかな」
「えっ!?じゃあ音色さん、他の奴置いてってくださいよ。俺一人じゃ普通に危険だって!俺達は音色さんみたいに強くないんだぜ!?」

 喧嘩する力云々の規定から大きく外れている音色の戦闘能力と自分を同じ天秤に掛けられては困る。そんなことをされていては身が持たない。

「・・・じゃあいいや。たまには何か話すか、黒澤」
「うわ、マジすか!?来てよかった!切実に!」