う 泡沫の夢を求めたの

 深夜の廃墟にヴァイオリンの音色と歌声が響く。
 ――廃墟、と言って正しいのだが私はあまりそう言いたくはない。敢えて言葉を選ぶのならば、『ヴィンディレス邸跡地』とでも言おうか。
 数ヶ月前までヴィンディレスの姉妹が住んでいたそこは、何者かの奇襲によりたった一晩で壊滅した。どうも、《歌う災厄》なる存在が囁かれているが私はそれが原因だとは思わない。恐らくは《道化師の音楽団》の報復活動の憂き目にあったのだと。
 彼女等の知り合い、という位置付けにいた私がここへ来たのには理由がある。姉妹の屋敷が使えるか点検に来たのだ。酷い有様だから再利用は勧めないと管理人に言われていたが、住み心地がいいのならば直して使おうと思う。
 ――不意に隣で同じく息を潜めていた友人が口を開いた。

「まだ屋敷の様子、見てないけど・・・帰らない?深夜だよ?可笑しいでしょ、こんな時間に、私達以外の人がいるって・・・」

 この街へ着いたのが深夜だったが為に、こんな時間に廃墟をうろついているのだが、友人の言う事は最もだった。かく言う私も、この場から動けないでいる。

「ねぇ?ほら、ここに、その・・・幽霊が出る、っていう話し。本当だったんだよ。こんなのが毎晩聞こえたら、屋敷で快適に過ごせるわけないよね」
「そうだけど、でも、すっごく綺麗な歌だ」
「いやそういう問題じゃないから。人間が居たらいたで、不気味だし」

 ――しかし、ここで諦めるわけにはいかなかった。
 ので、私は必死に友人を宥める。

「じゃあ、私が見て来るよ。音がする方を。だから、そこで待っていて」
「えぇ・・・それはそれで嫌だな・・・。うーん、でも、そこまで言うなら・・・。早く帰って来てよ」
「ラジャー」

 そうして私は音だけを頼りに音楽の発生源まで――そうまるで、光に惹き寄せられる虫のようにふらふらと歩いて行った。
 結果から言えば。
 それは友人が言う通り、幽霊などという非科学的なものだったのかもしれないし、本当にただの人間だったのかもしれない。

「わ、ぁ・・・・」

 そこにあったのは息が止まるような光景。
 一組の男女の姿があった。片方は黒いショートドレスに何故か白いマフラーを巻き、小さな口を動かして旋律に合わせて歌を歌っている。
 もう1人、男の方はスーツを着ており、背中を壊れた壁に預けてヴァイオリンを一心不乱に弾いていた。どちらも互いの事を見ていなかったが、けれど奏でているのは一つの音楽だ。
 ――それが何の光景だったのかは分からない。幻想的でもあったし、ただの演奏会でもあったのかもしれない。
 ただ、それを見た私はあの屋敷に住む事を諦めた。
 幽霊云々以前に、修繕不可能な壊れ方だったのだ。