い 一本だけ欠けた色鉛筆

 ぼんやりと銀色の薄い箱を覗いているノーラ姫を見つけたライアンはそっと声を掛けた。あまりいきなり声を掛けると、彼女を驚かせてしまうかもしれないと思ったのだ。

「やぁ、ライアン!今日も健やかかい?」
「それを俺に訊くんですかね。それで、姫様は何をやってらっしゃるんです?」
「聞いてくれるかい?これを見ておくれよ」

 例の薄い箱を差し出される。

「これがどうかしたんですか?」
「1本、無いんだよ」
「はぁ・・・」

 色鉛筆が敷き詰められた箱。しかし、確かにそれは不自然に一つだけ間隔が空いていた。一色だけ無いのだ。

「買い足せばいいんじゃないですかね」
「そうなのだけれど・・・うーん、元々あった色を足すか、無かった色を足すか悩んでいるのだよ」
「え、元からあった色以外、必要な色があるんすか」
「あまり使わないから、この間使った時に机の上に放置してしまったらしくてさ。だから、使い切って無くなったわけじゃないんだよ」
「・・・あの、つかぬ事を訊きますけど、無い色って何色なんですか?」
「紫。濃いやつだよ」

 今まで生きてきて、紫が自然界に存在しているのはあまり見た事が無い。せいぜい、鼻の色だとか茄子の色だとか、そんなのだろう。特に少し世間知らずの気がある姫君には紫色など必要無いかもしれない。

「夕暮れ時の空、とかいうのを描くんだったら必要だけど――空を描く時は、大抵水彩なんだよ。色鉛筆では描かないのさ。だから、やっぱりどう考えたって紫は・・・」
「・・・じゃあ、赤を足すといいですよ」
「うん?どうして、赤?」
「とびきり濃い赤でおねがいしやすぜ。俺は赤が好きなんで」

 ふぅむ、と少し考えるように黙ったノーラ姫はしかし、次の瞬間には微笑んだ。

「そうだね、そうしよう。使うかどうかは別にして、君の好きな色が欠けた1本の中にあるっていうのは素晴らしいシチュエーションだ!」

 使う使わないは二の次になったらしい。もちろん、異論は無いのだが。