ピンポン、とベルスターの鳴る音。はっとしたシンシアは卓番を確認すると一目散にその机へと歩み寄る。今日の彼女の仕事はオーダーを取る事。客から呼ばれれば「はい」とそこへ向かうのが役目なのだ。
しかし、卓に到着して愕然とする。
人数は5名。しかも全員、大学生くらいだろうか。子供が何人かいるのならばそれは注文者とカウントしないが、もれなく全員が子供とは言い難い年齢である。
「お、お待たせいたしました・・・」
「注文をいいか?」
メニュー表に視線を落としたままの男性がそう呟いた。はい、と答える。
「この、きつねうどんを――」
「ちょっと待って、蘇芳!」
注文しようとした男の声を遮り、隣に腰掛けていた女が口を開いた。何故だかとても憤慨したような顔をしている。
「私もきつねうどん頼む予定だったから、注文被っちゃうじゃん」
「・・・それの何が悪いんだ・・・?」
「芸がないよ・・・」
ぼんやりとした男の視線が緩く彼女を捉えたが、頑として彼女は首を縦に振らなかった。やがて折れたのは男の方で小さな溜息を吐いた彼は指示を変える。
「きのこドリアに変えてくれ」
「あ、はい」
「じゃあ、俺は――」
「私はこのチョコレートパフェを食べるわ」
「おい、不摂生だろ。飯を食えよ」
注文が混乱してきた。というか、何となく――
ゴンッ、という鋭い音は自分の額から聞こえてきた。何が起きたかと言うと、眠くなってお客さんが腰掛けてるテーブルに頭を強打した。
「うわっ!血、血が出てるよ店員さん!?大丈夫かよ・・・」
「飲食店で犯人のいない流血事件・・・新しいね」
「言ってる場合じゃないわよ、ドルチェ」
しかしシンシア本人は全然無事だったどころか目が醒めてすっきりである。店長、トラヴィスに無表情で睨まれる前に任務を完遂しなければ――
「えぇっと、ご注文を――」
「紫苑、手鏡を持っていただろう。彼女に貸せ」
「え、ええ。分かったわ、お兄様」
不意に客から鏡を向けられた。
――額がパックリ割れている。くらり、と今度は別の意味で世界が歪んだ。
その歪んだ視界の端で引き攣った笑みを浮かべた世話係が走ってくるのが見えた。