逢魔が時、とはよく言ったもので、成る程辺りは暗くも明るくも無い、何か不思議な気分にさせる空が広がっていた。赤くもあり、黒くもあり、同時に明るくもある。実に嫌な空だ。
コトン、と珍しく静かなリビングにカップを置く音が虚しく響いた。
今日はハロウィンだとかで、ほとんどが自世界へ帰っている。リリアナは何とか草がどうの、と訳の分からない事を言って朝から別荘を飛び出したきり戻っていないし。
――こんな日もいいかもしれない、たまには。
グレンは独りごち微かに笑う。
「・・・ん?何の音だ・・・?」
と、不意に階段の方から変な音が聞こえた。ガシャン、ガシャン、と何かがかち合う音。聞いた事のあるような音だが、何故それが別荘の中から聞こえてくるのか分からない。
思わず身構える。聞き間違いでなければ、この音は――
果たして、グレンの予想は当たった。部屋のドアを開け、リビングへ入ってきたのは銀色の甲冑を纏った誰かだったからだ。一瞬、ファウストかとも思ったが彼はまだ帰っていない。
「誰だ!」
問い掛け、同時に氷魔法を溜める。さすがに室内で火を焚くのは問題外だ。
しかし、甲冑は何事かを呟いた。ただ、何を言っているのかは聞き取れなかったが。それは向こうにも伝わったのか、鈍色に輝く両腕を頭へ持っていく。何をするつもりだと臨戦態勢に入ったが、何の事は無い。兜を取ろうとしていたようだ。
「・・・何やってんだ、あんた」
「仮装だ。今日はハロウィンだっただろう?まったく、面倒な行事だよ」
「あんたのそれは仮装とは言わない」
「あたしの世界のハロウィンはこういうものなんだ」
鎧を着て歩いていたのはハイルヴィヒだった。ぐったりと疲れた顔をしているし、秋だと言うのにその額には汗の玉が浮いていた。さすがに甲冑を着て動き回れば暑くなるようだ。
「何だ、お前しかいないのか?」
「ああ。他はまだ帰っていないな」
「・・・そうか。なら、お前でいい。ちょっと後ろのベルトを外してくれないか?この通り、この太い指では繊細な作業が出来なくてな」
「何で向こうで脱いで来なかったんだ・・・」
「更衣室が一杯だったから。もうさっさと帰ってこちらで着替えた方が早いだろう?」
甲冑の後ろへ回り、ベルトをパチンパチンと外す。どういう造りになっているのかはよく分からないが、どうやらパレード用の衣装に近いものらしい。戦いには不向きな造りをしている。
「一時は自世界には帰りたくないな。叶巳の世界のハロウィンは菓子を奪い取る祭らしい。来年はあちらに参加してもいいかもな」
――そういう行事だったか・・・?
叶巳が楽しげに話していた内容とまったく違う気がしたものの、面倒だったので訂正はしなかった。