02:落っことしたキャンディ

「トリック!オア〜、トリート!」

 午後2時。
 今から昼2本目の授業が始まろうという時間。クラスにひょっこり顔を出したのはフェリクスだった。もしかすると彼は自分のクラスに友達がいないのかもしれない。アイリスは時々そう不安になる。
 ――が、とにかく友人がお菓子をせびってくるので、出された手の平にあめ玉を1個乗せてやる。途端、彼の顔が不満そうに歪んだ。

「ちょっと〜!それ、さっきイザイアくんだっけ?に、貰ったやつでしょ〜!」
「何で知ってんだよ・・・」
「見てたからに決まってるじゃん。アイリスったら馬鹿だね〜」
「馬鹿はあんただ!ストーカーとか恐い、洒落にならない!」

 なおもフェリクスは訳の分からないイチャモンを続けた。

「大体さ〜、そこは「持ってない」、って言って、俺に悪戯される場面でしょ」
「え、イザイアはお菓子持って無いって言ったらお菓子くれたけど!?」

 そう、このあめ玉はイザイアにハロウィンを嗾けられた時、持っていないと答えたら「危ないから」、という訳の分からん理由で譲り受けたものだ。まさか有効活用する場面が見つかるとは思わなかった。
 ――が、次なる刺客は意外なところから現れた。

「フェリくん発見!トリック・オア・トリート!お菓子頂戴!」

 クラスA、ヴェーラである。自分のクラスでやれ、言い掛けた言葉を呑み込む。へらり、と笑みを見せたフェリクスは先程アイリスがあげた飴をそのままヴェーラに横流しした。

「毎度〜!じゃあね!」

 しかしヴェーラは満足らしく、足早に去って行く。あの足取りだと、クラスBにも寄るのかもしれない。どうして優等生が揃いも揃って菓子集めに奔走しているのか。きっと永遠に解ける事の無い謎だろう。

「ねー、さっきのお菓子、無くなっちゃったんだけど〜」
「えっ。それ私のせいじゃなくない?」
「悪戯するよ〜」
「ハロウィンのルール見直してからにすれば?」

 勝ったと言わんばかりに手を差し出すフェリクス。しかし、イザイアに用心の為と持たされた飴はもう無い。困った、そろそろ次の授業が始まる。今になって思うが、先程の流れるようなヴェーラとのやり取り。実は仕組まれていたんじゃないだろうか。
 どうやってフェリクスを躱すか――そう考えていれば、不意に差し出されたフェリクスの手に銀紙に包まれたチョコが置かれた。

「やぁ、悪いね。それで我慢してやってくれないか?ほら、彼女も怯えているし」

 ――え、いや誰が怯えてるって?
 現れたのはクラスCの担任、デュドネであるがいまいちこの光景と彼の言葉が噛み合っていない。我がクラスの担任に少々、天然の気があったのには気付いていたがまさかここまでとは。
 代わってキョトンとした顔をしたのはフェリクスである。学校中に知れ渡っているアイリスと自分の仲の良さを知らない人間がいる事が驚きだったらしい。事実、他クラス教師から講師までセットと考えられている事が多いので、デュドネが特殊なのは言うまでも無いが。

「えっと〜、デュドネ先生?別にアイリスは怯えてないと思いますけど――」
「さ、授業が始まるぞ!君も教室に帰るんだ」
「・・・」

 ――あんな笑ってないフェリクスの笑顔、初めてみたかもしれない。
 デュドネとフェリクスの相性は最悪。そう頭の中にインプットする。彼等の接触はこれから先、避けたいものだ。